マイクロサービス vs モノリス 再入門【2025年版】：結局どちらを選ぶべきか？

はじめに：なぜ2025年に、再びこの議論なのか？

「マイクロサービス vs モノリス」— このテーマは、ソフトウェアアーキテクチャにおける永遠の論争のように思えます。一昔前、「マイクロサービスこそがモダンでスケーラブルな唯一の解」という風潮が技術界を席巻しました。しかし、2025年現在、その神話は終わりを告げ、私たちはより成熟した議論の時代にいます。

Amazon Prime Videoがモノリスへの回帰でコストを90%削減したというニュースは記憶に新しく、「マイクロサービス疲れ」という言葉も生まれました。一方で、モノリスも進化を遂げ、「モジュラーモノリス」という新しいアプローチが現実的な最適解として注目されています。

この記事では、この古典的なテーマを2025年の視点で再入門します。それぞれのアーキテクチャの功罪を冷静に評価し、あなたのビジネスと組織にとって、今、本当に選ぶべき道はどちらなのかを明らかにします。

モノリスの逆襲：「モジュラーモノリス」という現実解

かつてモノリスは「大きな泥団子（Big Ball of Mud）」と揶揄され、技術的負債の温床と見なされていました。密結合したコード、遅いビルド時間、一部分の修正が全体に影響を及ぼす恐怖。しかし、それはモノリスというアーキテクチャそのものの罪ではなく、規律なき設計の罪でした。

そこで登場したのが「モジュラーモノリス (Modular Monolith)」です。

これは、アプリケーション全体を単一のプロセスとしてデプロイしつつ、内部のコードベースはビジネスドメインごとに明確に分離・カプセル化された「モジュール」の集合体として構築するアーキテクチャです。

モジュラーモノリスのメリット

• 開発のシンプルさ: 全てのコードが単一のリポジトリにあり、IDE内で完結します。サービスの境界を越えたリファクタリングやデバッグも容易です。
• 運用オーバーヘッドの低さ: デプロイパイプラインは一つ。監視やロギングの仕組みもシンプルに保てます。
• トランザクション管理の容易さ: 複数モジュールにまたがる処理も、単一のデータベーストランザクション内で完結でき、データの一貫性を保つのが非常に簡単です。

モジュラーモノリスは、モノリスの「シンプルさ」という最大の利点を享受しつつ、モジュール間の明確な境界によって「大きな泥団子」化を防ぐ、現代的なアプローチなのです。

マイクロサービスの功罪

もちろん、マイクロサービスが多くの成功事例を生み出してきたのも事実です。その「功績」と、近年明らかになった「罪」を改めて整理しましょう。

功（メリット）

• 独立したスケーリング: 負荷の高いサービスだけを独立してスケールさせることができ、リソースを効率的に利用できます。
• 技術選択の自由（Polyglot）: 各サービスに最適なプログラミング言語やデータベースを選択できます。
• チームの自律性: サービスごとにチームを割り当て、他のチームを気にすることなく独立して開発・デプロイを進められます。
• 障害の分離（Fault Isolation）: 一つのサービスが停止しても、システム全体がダウンするのを防げます（正しく設計されていれば）。

罪（デメリット）と「マイクロサービス疲れ」

• 分散システムの複雑さ: 「ネットワークは信頼できない」という大原則と常に向き合う必要があります。サービス間通信のレイテンシ、タイムアウト、リトライ、エラーハンドリングは非常に複雑です。
• データ一貫性の担保: 複数のサービスにまたがる処理のトランザクション管理は極めて困難です。「結果整合性」や「Sagaパターン」といった高度な概念の理解が必須となります。
• 運用オーバーヘッド: サービスごとにCI/CDパイプライン、監視、ロギング、アラートを設定・維持する必要があり、運用コストが爆発的に増加します。
• テストの困難さ: ある機能のE2Eテストを行うために、多数のサービスをローカル環境で立ち上げる必要があり、開発体験が著しく低下します。

これらの「罪」が、多くの開発チームに「マイクロサービス疲れ」をもたらしているのです。

2025年の判断基準：技術ではなく「組織」で選ぶ

では、私たちは何を基準に選択すべきなのでしょうか。2025年現在の答えは、「技術的な観点だけでなく、組織的な観点から判断する」です。

• コンウェイの法則を思い出す: 「システムを設計する組織は、その構造をそっくりまねた構造の設計を生み出してしまう」。チームが明確なビジネスドメインごとに分かれていないのに、アーキテクチャだけをマイクロサービスに分割しても、結局サービス間で密結合が生まれ、失敗します。
• 不確実性への対処: 特にビジネスの初期段階では、プロダクトのドメイン境界は流動的です。モジュラーモノリスは、後からモジュールの境界を変更したり、統合したりするのが容易であり、この不確実性に柔軟に対応できます。
• マイクロサービスを検討する時: 以下の条件が揃った時、初めてマイクロサービスへの移行を検討すべきです。
  1. ビジネスドメインが明確に分離できる。
  2. そのドメインごとに、責任を持つ自律したチームを組成できる。
  3. 特定の機能だけが極端なスケーラビリティを要求する。

結論：「モノリスから始めよ」。ただし…

2025年のアーキテクチャ選定における、ほとんどのプロジェクトにとっての第一原則は、Sam Newmanの言葉を借りれば「可能ならマイクロサービスは選ぶな（If you can't build a well-structured monolith, what makes you think microservices are the answer?）」です。

ただし、ここで言う「モノリス」とは、将来の分割を完全に見据えた、規律ある「モジュラーモノリス」を指します。

マイクロサービスは、決して銀の弾丸ではありません。それは、ビジネスと組織が成功し、スケールした「結果」としてたどり着くべき選択肢の一つであり、最初から目指す「目的」ではないのです。まずは堅牢なモジュラーモノリスを構築し、ビジネスの成長に合わせて、本当に必要な部分だけを丁寧に切り出していく。これこそが、2025年のソフトウェア開発における、最も賢明で現実的な道筋と言えるでしょう。